コラム・チェックポイント

2022.08.25 上田 晃一朗

東京電力旧経営陣へ13兆円超の賠償命令 ~仮執行宣言と株主代表訴訟~

1 はじめに

福島第一原発の事故につき、東京電力の株主らが旧経営陣に損害賠償を求めていた訴訟で本年8月13日、東京地裁は約13兆円の支払いを命じました。民事訴訟の賠償額としては歴代最高額とのことです。当職も、この金額を聞きびっくりしました。

もう一点、本件は、株主代表訴訟という形態をとられたこと、当該判決に仮執行宣言が付されたことが特色です。

この度は、この裁判を通じて、「株主代表訴訟」と「仮執行宣言」について考察します。

 

2 事案の概要

2011年3月11日に発生した東日本大震災による福島第一原発の事故で、東京電力の旧経営陣が安全対策を怠っていたとして、同社の株主約50人が株主代表訴訟を東京地裁へ提起したのが、この裁判です。

争点は、大きな津波が発生し原発を襲うことを旧経営陣が予測できていたか?、何らかの対策を講じていれば損害の発生を防ぐことができていたか?などです。

 

3 株主代表訴訟

⑴ 株主代表訴訟とは、役員の意思決定等により会社に対して損害を与えたにもかかわらず、会社がその責任を追及しない場合、株主が会社に代わってその役員の責任を追及する訴訟を提起する制度です。正式名称は、「株主による責任追及等の訴え」です。

 

⑵ 役員が任務を怠った場合、会社に対して損害を賠償する責任を負うため、本来は、会社が役員に対して訴訟を提起すべきです。しかしながら、役員同士の馴れ合いによって、会社が責任追及を怠るおそれがあります。それを防止するために、株主に会社を代表して訴えを提起し、責任追及できる権限を与えたのです。

 

⑶ 株主代表訴訟と言うと「勝訴した時の利益は、株主が得る」と思われがちですが、これは誤りです。株主はあくまでも「会社の代理」でしかないのです。株主は原告ではありますが、あくまで「会社のため」にする訴訟であるため、「被告は、原告に対し、○〇円支払うこと」という請求ではなく、「被告は、〇〇株式会社に対し、○〇円支払うこと」という請求をすることになります。

 

⑷ 株主代表訴訟は、裁判所へ支払う手数料が安価な点がメリットです。

通常の訴訟の場合、請求額に応じて裁判所へ支払う手数料が決まってくるため、高額な賠償請求をする場合には、原告はそれ相応の手数料を裁判所に支払わなければなりません。本件では約13兆円の支払いが命じられましたが、例えば、仮に10兆円の支払いを求める場合、裁判所へ約100億円の手数料を納める必要があります。

一方、株主代表訴訟においては、請求額の多寡にかかわらず、一律13,000円という点が大きなメリットです。この安価な手数料ゆえに、約13兆円という巨額な賠償額となったともいえます。

 

4 仮執行宣言

⑴ 本件の1審判決では、「仮執行宣言」が付されました。「仮執行宣言」とは、判決が確定する前に強制執行をすることができる宣言のことをいいます。

⑵ 強制執行とは、自身の意に反し、自身の財産を強制的に差し押さえられることを指します。つまり、預金、不動産など自身の財産を強制的に徴収されます。

⑶ 1審判決が出た場合でも、高等裁判所、最高裁判所という上級の裁判所へ改めて審理、判決を求めることができます。上級の裁判所が判決内容を改める可能性があるため、判決は確定せず、強制執行をすることができません。これが原則です。判決の確定までには、数年を要することも多いです。

⑷ 例外的に、それを可能にするのが仮執行宣言です。つまり、裁判所の最終的な結論が決まる前に、仮に強制執行を認める宣言こそが仮執行宣言です。

⑸ 仮執行宣言に基づき強制執行される方にとっては、大損害です。まだ1審の判決が言い渡されたにすぎない段階なので、今後、上級の裁判所で判決が覆される可能性があります。それにもかかわらず、自身の財産を暫定的に差し押さえられる危険性を有します。

⑹ 本件の裁判では、東京地裁は、約13兆円の支払いを命じるとともに、仮執行宣言までつけました。旧経営陣は、上級の裁判所で判決が覆される可能性があるにもかかわらず、自身の財産を差し押さえられることになります。東京電力の旧経営陣ですので、おそらく相応の財産を有している方が一定数いるものと予想されます。そのような意味で、旧経営陣にとっては、約13兆円という金額もさることながら、仮執行宣言まで付されたという二重の意味で、極めて大きなインパクトを与えた判決といえます。

 

5 まとめ

本件は、

・手数料が安価な株主代表訴訟という形態をとったゆえに実現できた巨額賠償事件であること

・それに仮執行宣言が付され、旧経営陣にとって極めて重い負担であること

がポイントです。

今後、本件が上級の裁判所でどうなるか楽しみであるとともに、旧経営陣への差し押さえがどのように進むか興味が尽きません。